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東京高等裁判所 昭和46年(ラ)966号 決定 1972年9月08日

抗告人

笹子勝次

右代理人弁護士

長谷川昇

被相続人

井上トキ

右相続財産管理人

小沢近

主文

原審判のうち抗告人の申立を却下した部分を取り消し、これを千葉家庭裁判所館山支部に差し戻す。

理由

抗告代理人は、「原審判のうち抗告人の申立を却下した部分を取り消す。被相続人亡井上トキの相続財産のうち原審判添付の別紙・相続財産目録第二に記載の不動産の共有持分を抗告人に分与する。」旨の裁判を求め、その理由とするところは、別紙・抗告理由書に記載のとおりである。

共有者の一人が相続人なくして死亡した場合に、その共有持分が民法第九五八条の三第一項に所定のいわゆる特別縁故者に分与しうる相続財産に該当するか、また同法第二五五条がそのまま適用され相続人の存在しないことが法律手続上確定するとともに他の共有者に当然帰属するにいたるかについては、右両制度の関係を検討する必要があるところ、相続財産分与の制度は、被相続人の合理的意思を推測探求しいわば遺贈ないし死因贈与を補充する趣旨のものであるから、共有持分についてもこれを遺贈ないし死因贈与の対象とされている場合と同視して取り扱うのが適当であること、そしてもし諸般の事情から共有持分を特別縁故者に分与するのが不適当であると認められるときは、分与申立を排斥して同法第二五五条の定めるところにしたがい、その共有持分の帰属をさせて具体的に妥当な結果を得ることが可能であること、共有持分だけを財産分与にあたりとくに他の相続財産と区別して取り扱わねばならぬとする合理性がないことなどが考えられ、これらの諸点を総合勘案するときは、民法第九五八条の三が同法第二五五条に優先適用されるべきであると解する。いいかえれば、民法第二五五条により共有者の一人が死亡したことにより共有持分が他の共有者に移転帰属するのは、相続人不存在手続により相続人の存在しないことが法律手続上確定し、かつ、家庭裁判所が右の共有持分を特別縁故者として分与しないことが確定したときであり、したがつて右共有持分も分与の対象になるものと解するのが相当である。

してみれば、原審判が相続財産に属する共有持分は特別縁故者への分与の対象にならないとし、被相続人亡井上トキの相続財産のうち原審判添付の別紙・相続財産目録第二に記載の不動産の共有持分に対する抗告人の分与請求を不適法として排斥した部分は失当たるを免れない。

よつて、原審判のうち抗告人の申立を却下した部分は不当であり、本件抗告は理由があるので右部分を取り消し、なおこの点については事柄の性質上さらに家庭裁判所で審理を尽くしたうえで、抗告人に請求の共有持分を分与することが果たして適当か否かを判断するのが相当であるため、これを原裁判所に差し戻すこととし、主文のとおり決定する。

(畔上英治 岡垣学 兼子徹夫)

抗告理由書

一、原審判は相続財産のうち共有持分について、これが特別縁故者に対する相続財産分与の対象となしうるか否かについて、民法第二五五条による共有持分の他の共有者に移転する時期は、相続人の存在しないことが法律手続上確定したときであり、そのときに法律上当然に移転するものと解するのが相当であるとして、申立人の共有持分に対する分与請求を不適法とした。

しかし申立人は左記理由により現行法上共有持分も相続財産分与の対象たりうると解し、本件のばあいも相続財産分与が許さるべきものと考える。

二、共有持分が特別縁故者への財産分与の対象とならないとの原審判の根拠は民法第二五五条が「共有者の一人が相続人なくして死亡したるときは、其持分は他の共有者に帰属す」と規定している点にあり、右規定による共有持分の移転時期は相続人の存在しないことが法律手続上確定した時であり、その時に法律上当然に移転するものとの解釈によるものである。

しかし申立人は右法条に「共有者の一人が相続人なくして死亡したるとき……」という相続人の中には相続人に準ずべき地位にある者、即ち特別縁故者をも含むと解すべきものと考える。

即ち民法第九五八条は昭和三七年の民法の一部改正により創設されたものであるが、その規定が設けられる前は、相続人の不存在確定と同時に被相続人の遺産はそれが被相続人の単独所有なら国庫に帰属し、共有持分なら他の共有者に帰属した。

しかし相続人は存在しなくとも被相続人と特別の縁故関係にあつた者に遺産を与える方が故人の意志にも叶い、その遺産の効用も発揮され実際的にも妥当と解された。

かかる趣意に基づいて新設されたのが民法第九五八条の三の特別縁故者に関する規定である。

右法条はたとえ相続人の不存在が確定しても、その遺産は直ちに国庫に帰属せず、特別縁故者に対して遺産を与える可能性を認め、その限りで相続人の不存在が確定しても、その遺産が他の権利者に帰属する必然性を否定し、特別縁故者の財産分与の申立の審理期間中一時的に遺産の帰属が浮動的状態に置かれることを是認したものである。

そうとすれば遺産が共有持分であつたばあいでも、これと別異に解すべき理由はないのであつて、共有持分に関する相続人不存在確定と他の共有者への帰属を必然的なものと解さなければならない理由はないと考える。

元来立法者は民法第九五八条の三の規定を制定する際、民法第二五五条の所謂「相続人」中には、相続人に準ずべき地位にある者、即ち特別縁故者をも含む趣旨を明文化しておくべきであつたと解されるが、その手直しがなされなかつたのは、立法者が右法条にいう「相続人」の中には当然特別縁故者をも含むと考えたか、あるいは共有持分に対して迄適用の場合を思い浮ばなかつたかのいづれかであつて、その不合理は解釈論を以つて補うべきであろう。

しかして民法第二五五条に所謂「相続人」中には特別縁故者をも含むと解し「共有者の一人が相続人(特別縁故者も含む)なくして死亡したるときには、其持分は他の共有者に帰属す」と解すれば、共有持分が財産分与の対象となると解するに付、法的矛盾は生じない。

しかし右法条に対し、前記のような解釈を理論的に否定しなければならない理由はないこと下記の通りである。

三、民法第九五八条の三の規定は元来故人の意志の尊重にその立法の主眼がある。

法定相続分其他相続に関する法制度一般が元来は被相続人の意志を基本に置いている。

特別縁故者への財産分与を認めた民法第九五八条の三の規定も故人の意志尊重という立法趣旨に基くものである。

ところが民法第二五五条の解釈に当り、共有持分につき相続人の不存在の場合に、たとえ他に特別縁故者が存在していても、遺産たる共有持分は他の共有者に帰属し、特別縁故者に分与されることはないとの解釈は、相続法の基本をなす故人の意志尊重の理念に著るしく背反する要素を含んでいる。

共有者の中には被相続人と一定の血縁ないし親族関係に立たない者も多く存在するし、社会生活の複雑化、高度化と共に権利の共有的形態は漸増の傾向にある(例えばビルの共有)。共有持分も一個の財産権である。その財産権が共有者の一人の死亡を契機として(その共有者に相続人が不存在の場合には、たとえその共有者と特別縁故の関係にある者が居たとしても)、その共有持分はすべて他の共有者に帰属してしまう、と解さねばならないというのは如何なる理由によるものであろうか。

こうした結果は必ずしも被相続人の意志に添うゆえんではない。このような被相続人の意志に反する不合理な結果を避けるために設けられたのが、民法第九五八条の三の規定と解すべきである。

四、共有持分も特別縁故者に対する財産分与の対象となり得ると解することは実際的にも極めて合理的で妥当である。

即ち特別縁故者は多く被相続人に対しては生前精神的援助のみならず、経済的援助を為してきている場合が多く、その死後に於ても祭祀の承継等を通じて経済的出費を伴う可能性が強い。

特別縁故者に共有持分についても財産分与の可能性を認めることは、右のような特別縁故者の特別な努力に対する補償ないし経済的裏づけを与えるという意味を持ち、被相続人の生活扶助、祭祀の承継等被相続人が公的保護以前の自然的、人間的情愛に基く保護を一段と受け易くなり、被相続人の意志に最も良く添いうることになると信ずる。

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